タイがどんな国なのか歴史を簡単にまとめたよ!もっと好きになるよね

今回は、タイがどんな国なのかを知るためのタイの歴史について、タイ歴22年の私が解説します。

タイが好きな人なら、「古都アユタヤ」とか「古都チェンマイ」と言う言葉を聞いたことがあると思います。そこで、「古都?」と不思議に思ったことがあるんじゃないですか?

さらには、「タイとその周辺の国がなぜ仲が悪いのか?」「タイで活躍した日本人の山田長政」についても簡単に解説しますね。

今回の記事で、タイの歴史のチョットした不思議を解消できたらいいですね。タイの歴史を知れば、タイがどんな国なのかも理解できますよ!

タイの歴史でどんな国かを知ろう!

タイにはよく旅行でいかれるようですが「タイの歴史ってご存知ですか?」。タイ好きの方は、タイのおおまかな歴史を知っておくだけで楽しさが倍増しますよ。

それに、タイの歴史を少し知ってるだけで、タイ人との会話の時に尊敬の眼差しで見られること請け合いです。

細かい事は抜きにしてざっくりと「タイの歴史の概要」を見ていきましょう!

タイの歴史のざっくり年表

  • スコータイ王朝
  • アユタヤ王朝
  • バンコク王朝

今回は、この流れで解説していきますね。

スコータイ王朝

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タイ人の祖先は、中国の南方が起源となっております。漢民族から逃れるタイ族は、南下を続けます。

その後、タイのスコータイに王朝を成立させます。それがスコータイ王朝の始まりとなります。シーインタラーティットが初代の王になります。

ラームカムヘーン大王

シーインタラーティット王の息子がラームカムヘーン王です。ちなみにこの王様は、タイのお金の20バーツ札の裏側にもいらっしゃいます。

スコータイ王朝の隆盛期は、3代目ラームカムヘーン王の時代になります。この王様で有名なのが、「ラームカムヘーン大王碑文」と言う石碑です。

ラームカムヘーン大王碑文

19世紀に、モンクット王(ラーマ4世)が「ラームカムヘーン大王碑文」を発見します。

ラームカムヘーン大王の偉業が称えられる内容や、王が国家の父たる存在である等の内容となっております。

さらには、ラームカムヘーン大王がタイ文字を作り上げたとも書かれています。

王が国家の父

「王が国家の父」との考え方が、のちの王や政治家やサリット(政治家)及びプミポン王(ラーマ9世)に影響を与えます。

ラームカムヘーン大王の死後、スコータイ王朝は徐々に衰退に向かいます。

その後、隆盛してきたのがアユタヤ王朝になります。スコータイ王朝は、ながーい年月をかけてアユタヤ王朝に呑み込まれていきます。

今回は、スコータイ遺跡の観光について、タイ歴22年の私が解説します。 スコータイ王朝の都の跡地であるスコータイ歴史公園は、タイにある他...

アユタヤ王朝

アユタヤ王朝がようやく落ち着きかけ頃にミャンマーから攻撃を受けます。その時に活躍したのがスリヨータイ王妃です。

アユタヤ王朝のチャクラパット王の妃で、王を守る為に戦死します。しかし、結局はミャンマーの属国になります。

英雄ナレースワン登場

ナレースワン王の時代についにミャンマーから独立します。ミャンマーが何度も制圧をもくろんで侵攻してきますが、独自の武術を用いてことごとくこれを撃退します。

その際に用いられた武術が、今のムエタイの原型であると言われています。ちなみに50バーツ紙幣の裏側がナレースワン王です。

さらに、ナレースワン王は「THE KING 序章~アユタヤの若き英雄」という映画にもなっております。

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