タイの歴史をほんのりと知ってるだけでも旅が3倍楽しくなるよ!



「タイとその周辺の国がなぜ仲が悪いのか」「タイで活躍した日本人の山田長政」。今回の記事はタイ王国の歴史をざっくりとまとめました。

「古都アユタヤ・古都チェンマイ」と言う言葉を聞いたことがあると思います。「なんで、古都なんだろう?」と不思議に思ったことが誰しも一度はあると思います。タイの歴史を知れば、もっとタイが好きになりますよ。

タイの歴史をざっくりと学ぼう

タイにはよく旅行でいかれるようですが「タイの歴史ってご存知ですか?」。タイ好きの方は、タイのおおまかな歴史を知っておくだけで楽しさが倍増しますよ。

タイの歴史を少し知ってるだけで、タイ人との会話の時に尊敬の眼差しで見られること請け合いです。細かい事は抜きにしてざっくりと「タイの歴史の概要」を見ていきましょう!

タイの歴史のざっくり年表

・スコータイ王朝
・アユタヤ王朝
・バンコク王朝

今回は、この流れで紹介していきますね。


スコータイ王朝

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タイ人の祖先は、中国の南方が起源となっております。漢民族から逃れるタイ族は、南下を続けます。そして、タイのスコータイに王朝を成立させます。

それがスコータイ王朝の始まりとなります。そして、シーインタラーティットが初代の王になります。

ラームカムヘーン大王

シーインタラーティット王の息子がラームカムヘーン王です。ちなみにこの王様は、20バーツ札の裏側にもいらっしゃいます。

スコータイ王朝の隆盛期は、3代目ラームカムヘーン王の時代になります。この王様で有名なのが、「ラームカムヘーン大王碑文」と言う石碑です。

ラームカムヘーン大王碑文

19世紀に、モンクット王(ラーマ4世)が発見します。王の偉業が称えられる内容や、王が国家の父たる存在である等の内容となっております。

さらには、王がタイ文字を作り上げたとも書かれています。「王が国家の父」との考え方が、のちの王や政治家やサリット(政治家)及びプミポン王(ラーマ9世)に影響を与えます。

ラームカムヘーン王の死後、スコータイ王朝は徐々に衰退に向かいます。その後、隆盛してきたのがアユタヤ王朝になります。スコータイ王朝は、ながーい年月をかけてアユタヤ王朝に呑み込まれていきます。



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